「今日の空は青い」
ーダッチ⑤ー
この事件までの経緯を今まさに回想している間も曾山は日比野に問い詰められている。
そろそろ手が出るのではないのかとひっ迫しているが、誰も教員を呼ぼうとはしない。
それはカースト下部の曾山というレッテルをクラス全員がはり、関与したくないためか
日比野の悪ガキぶりに耐えかねた曾山の下剋上に皆興味津々で耳を傾けているのか、そ
れとも勉強熱心な私の素行を目の敵にし、日比野の一方的悶着を教員を介して解決させ
ず見せつけ、私に罪悪感を植え付けさせようとしているのか、の三択であろう。もし三
択目であればこれは私にとって死を意味する。先日の志望校向けの模擬試験でいえば最
終の応用問題に匹敵するほどの難易度で、考えるに時間を要する問いだが、それもスル
ーされすぐさま日比野の怒号によって打ち消される。3人の将来を夢見た偽善者戸田の
戦略は勿論良き方向には転ばず、当然のことながら誰もが想定できる結果を迎えた。
ホームルームで委員長の例の言葉を聞いて閃いた私だったが、日比野のプライド崩壊作
戦として有力な陸上競技には命ともいえるスパイクの針を曾山に外させて別のものに変
えるというのはおそらく成功しないと考えていた。曾山は挙動不審なのではないかと思
うほど、普段から私の何倍もおどおどし、石橋に罅が入るほど叩いて渡る性格の人間で
ある。そのため元々シューズについている日比野特注のスパイク針を外して袋に入った
別のものにすり替える行為を何者かに見られてしまえば、私が望む結果が見えるかどう
かは不明だ。そしてこれは私が曾山にこの更生方法の趣旨を伝えたとしてもそうでない
としても確実的ではない。ならばどうするか?私はあの後それだけを考えていた。動物
のような、生き甲斐に値しない選択肢だけを与えられた何者かも分からぬ物体のよう
に。
5限目始動のチャイムが鳴る。周囲を取り囲んだ生徒たちは散会していき、それらとは
別に異彩感を放ちながら日比野も自席に着くが、その戻る前に何を思ったことか一度だ
け私をすごい形相で睨みつけた。〈まさか私がこの事件の元凶だと気づいているの
か?〉私は額から噴き出す汗よりも手からにじみ出る汗の方が多量なことに気づき、持
っていた手巾を力強く握り、しみこませる。額から出てきた汗は頬を伝い顎を経由して
ポタポタと目の前に広げられたおかずが入った弁当箱に落ちていく。母が朝5時から念
入りに作ってくれた2段のお弁当。1段目にはご飯に梅干しという日の丸弁当。そして
2段目にはこれでもかと色とりどりのおかずが一分の隙間もないほどに敷き詰められて
いる。その2段目を見ながら思うことが1つ、〈なぜこのように視覚も味覚も形状も違
う者同士がまちまちに隣り合わせにも関わらず、こうして1つの敷地に収まっていられ
るのだろうか。そしてそういう現状があるのになぜ人間はそうはいかないのだろうか。
なぜ勉強に専念する私という人種が居ては駄目なのだろうか。〉沸々と湧き上がってく
る感情を抑えれば抑えるほどに手汗の量は尋常ではなくなる。
「おーい!聞いてる?戸田君」